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動物ブログ

我々の身近な親友、犬、猫について(6)
日本の犬(2)

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前書き

前回に続いて今回のブログでも最初に皆様に質問させていただきます。

皆様は日本での稲作がいつ頃から始まり日本人はいつから狩猟民族から農耕民族へと変わったとお考えでしょうか?  

多くの皆様は今から約3000年ほど前の弥生時代から日本人は稲作を覚えて農耕民族になったと教育されてきたのでは無いでしょうか? 

ところが現実は違います。縄文時代の遺跡の中からはっきりと日本人が稲作をしていた証拠がいくつも出土してきています。しかしこうした事実は学校教育では一切教えられません。つまりは「縄文時代の日本人が稲作をしていた」という事実が日教組を中心とする学校教育での授業に不適格である為に教育されていない事になります。

何故この真実が不適格なものであるのかはその当時の気象状況と大きな関係があります。縄文時代に日本で稲作が始まりだした時代というのは氷河期末の時代であり日本海は氷で覆われており日本でも九州などの一部の地域でしか稲作が無理な気候でした。ましてや日本列島よりも北である中国東北部満州では稲作が不可能な環境であり真実を教えれば「中国から日本に稲作が伝わった」と教えている現在の歴史教育そのものが嘘になってしまいます。だから氷河期が終わって中国でも稲作が可能になった弥生時代から日本で稲作が始まったと教えている訳です。

縄文時代の中国大陸にも勿論人間はいましたが彼らは完全な狩猟民族です。コメを作る「稲」という植物が亜熱帯産である事は間違いが無く氷河期の中国東北部で稲の栽培などは不可能な気候です。現実の歴史ではコメの栽培は中国から日本に伝わったものでは無く、全く逆で日本から中国に伝わったと考えるのが気象的に見ても普通の見方である訳です。日本人の稲作の歴史は大変古くそれゆえに現在でも日本人の主食がコメでありコメの品種としても日本産のコメが栄養価が非常に優れていて食べておいしいものであるという現実は歴史と全く矛盾しません。今回のブログはその事の証明を「犬」という人間と一緒に移動してきたであろう動物の観点から考えてみます。宜しくお願い致します。

日本犬の遺伝子の謎

犬の遺伝子情報である「DNA」を調べるとその犬種の原産地がどこなのかが解ってきます。

日本から見た現在の日本犬の原産地は中国大陸から渡ってきた「北方系の犬」か東南アジアから渡ってきた「南方系の犬」のどちらかである事は明白ですが結果は秋田犬を除くすべての日本犬は確実に南方系の品種です。亜寒帯にいる北海道犬ですらそのルーツは確実に南方系です。秋田犬は日本犬の中でも特殊な犬です。というのは秋田犬以外の日本犬がすべて狩猟犬であり山の中で猟師とともに町中の他の犬種とは殆ど出会わない生活を送ってきたのに対して日本犬の中で最も大型である秋田犬は完全な町犬であり狩猟に使われる犬では決して無かった歴史を持っています。秋田犬の役割は最初は番犬であり江戸時代には闘犬へとその役割を変えました。

日本に西洋の犬が入ってきた歴史は意外に古く戦国時代にまで遡ります。ポルトガルやオランダと交易を始めた頃から西洋の犬種も外国人と一緒に日本に入ってきました。良く時代劇で日本の町中に純粋な日本犬が登場するのは時代をそれらしく見せる為の行為であり現実に江戸時代の庶民に飼われていた犬は西洋犬と日本犬が入り混じった完全な雑種です。江戸時代の町中で純粋な日本犬が登場するのは映画やドラマの中だけと言っても良く実際には雑種だらけでした。秋田犬はその中で生活していてしかも闘犬として扱われていた為に故意的に多くの大型で強い西洋犬種との交配が行われました。記録ではブルドックやマスチーフなどと積極的に交配させています。明治時代に入って初めて「日本古来の犬種を守ろう」という動きがあり秋田犬も他の日本犬と同じような姿に改良されてきて今日の秋田犬の姿がある訳です。日本犬の中で唯一、一度完全に雑種化した犬種が秋田犬でありだからこそ秋田犬のDNAにはヨーロッパから入ってきた「北方系」の犬の遺伝子が多く含まれている訳です。では何故他の日本犬は殆ど外国産の犬の影響を受けなかったのでしょうか? それは日本犬独特の狩猟性能と大きく関係してきます。

日本犬の性能

江戸時代の頃の日本の狩猟とヨーロッパの狩猟とでは大きく形が異なります。日本の猟師がその生活の為に猟をしていたのに対してヨーロッパの狩猟とはハンティングというスポーツであり極端に言えば貴族の高等な趣味でした。勿論ヨーロッパでも狩猟で生活をしている人はいた訳ですが、そういう専業の猟師が犬の品種改良をしていた訳ではありません。ヨーロッパでの犬の品種改良はその殆どが貴族の趣味で行われました。

ヨーロッパでは猟をする為に貴族が馬に乗り多くの品種の犬を一度に複数使うのが普通です。獲物を探し出す犬、追いかけて獲物を追い詰める犬、馬に乗った人間がそこに到着するまで獲物を足止めさせ獲物と闘う犬、そして最後に馬に乗った人間が獲物のすぐ近くで馬から降りて鉄砲で獲物を仕留める訳です。ヨーロッパの狩猟犬の品種が非常に多いのはこの役割ごとに分担されているからです。哺乳類を相手にする狩猟犬がハウンドであり鉄砲で撃ち落とした鳥を持ってくる鳥猟犬がレトリバーと呼ばれる犬であり同じ猟犬でありながら品種別にその役割ははっきり分断されています。

これに対して日本の猟師は確実に専門職であり、通常は猟師一人に犬一匹という形で狩猟が行われました。江戸時代の猟師の武器は弓矢であり、獲物に直接とどめを刺す為の大きなナタであり狩猟で本格的に鉄砲が使われだしたのは日本では明治以降です。獣を取る為の犬と鳥を取る為の犬という区別も全く無く当然ながら狩猟犬の役割分担など何もありません。だからこそ犬の持つ本来の狩猟本能が強く要求された訳です。原始的な犬であるほど結果として人間の役に立ちました。

日本犬はその為に性能をかなり特殊に進化させています。例えば以前の犬と猫とを比較したブログで私は猫の視力は犬を上回ると書きましたが日本犬の視力は間違いなく飼い猫以上であり、その代わりに日本犬の嗅覚はそれほど優れていません。日常必要でないものは確実に自然に退化して必要なものだけが進化していきます。これを日本の猟師に合わせて進化した犬が日本犬であり世界的にもかなり特殊な性格を持つ犬になっています。現在世界中で柴犬が人気上昇中であり世界中に柴犬を持つ愛犬者が増えていますがこの犬としては小型であるはずの柴犬が「飼うのは非常に難しく犬を飼う初心者が飼うべき犬ではない」と言われているのは柴犬が日本犬独特の進化をしている為です。日本人の犬の初心者にとっては柴犬ほど飼いやすい犬は他に無いほど飼いやすいのに海外では全く違うようです。基本的に日本犬は主人に忠実で純朴な犬ですが主人以外の人間には極めてなつきにくく警戒心が強く激しい気性を持っています。西洋の犬とはある意味で全く別の動物と言えるほど外見だけでは無くその内面も違います。

犬から見る日本人のルーツ

さて、本題に戻って日本犬から日本人のルーツを考えてみましょう。当時の気象や稲の栽培時期、そして日本犬のDNAから見た日本人のルーツは現在のパキスタン周辺の様です。そこから氷河期の中国大陸などは経由せず南から東南アジアを通って日本列島に定着したと考えられます。そして氷河期の終わりとともに日本人が東アジア全体に稲の栽培を伝えていったと見るのが順当なようです。では「縄文人弥生人の人種や文化の違いをどう説明するのか」と言えばこの両者は確かに全く違いますが先に日本列島に入った縄文人のかなり後に稲作の技術の優れた弥生人が徐々に入っていったと私は考えています。「文化の進んだ弥生人縄文人を滅ぼして日本人になった」という説はかなりの無理があり「日本列島に来る」という事は少なくとも海を渡って来なければならず3000年以上も前に一度にそんな戦争ができるほど大量の民族が海を渡って来られる訳も無く、日本国内に縄文人弥生人が戦った跡もありません。何よりも現在の日本人のDNAには弥生民族と縄文民族とのDNAが同様に入っておりどちらのほうが強く出るのかは個人によっても違います。これは縄文人弥生人とが大きな争いも無く共存していた事を証明しています。縄文人弥生人とは全く違う民族ですが先に日本に入った縄文人と後から日本に入った弥生人とがうまく融合して現在の日本人になったと考えるのが一番自然だと私は思います。日本人のDNA配列は東アジアの中でもかなり特殊であり、そのDNA配列は近くにいる民族ほど遠くなり、かなり遠くに離れた民族ほど近くなるという特徴を持っています。この特徴と人間と一緒に来たであろう「犬」の起源を考えると日本人の祖先は日本海を渡ってきた民族では無く長い時間をかけてインド洋から南シナ海を通って南からたどり着いた民族であると言えると思います。だからこそその遺伝子構造は遠くにいる民族ほど似ているのだと考えられます。

あとがき

これが私が「犬」という動物を通してみた日本人という民族のルーツであり日本犬と西洋犬との違いです。この前のブログの最初に私が書いた日本人はロバや馬車や羊を使った歴史が全く無い事の理由は日本人独特の動物に対する優しさであると思っています。そこに住む人間が楽をする為に一代で終わる雑種であるロバを作る事も、移動するには早くても乱暴な乗り物である馬車を作る事も、羊の毛を刈って生活する事も当時の日本人の倫理観とは遠く離れたものであったのは間違いの無い事実だと思います。現在は絶滅危惧種に指定されているアホウドリでさえ明治時代までは全くその数を減らしていませんでした。アホウドリの生息地である南鳥島は江戸時代には流罪になった罪人を島流しにする島でした。極めて食料が少なく餓死してしまう人間もたくさんいた状況でも島流しにされた罪人はこの滑走しなければ飛ぶ事も出来ず、簡単に捕まえる事が出来るアホウドリを自分の食料にする事は殆どしませんでしたし、この島でアホウドリを捕まえて食べた人間が他の罪人から軽蔑されていた記録がはっきり残っています。「日本人は素晴らしい」と私はこの話からも素直に思います。

さて、次回はいよいよ「日本の猫」ですがこの日本人の動物に対する思いは「猫」にも全く同じように注がれています。「猫と日本人」との関係もかなり古くからあり、良く「最近の猫は贅沢になってネズミを捕らなくなった」という言葉を耳にしますが実は「日本の猫」に関して言えば1000年以上前から殆どネズミなど捕っていません。農耕民族になり食料の備蓄を始めた日本人にとってせっかく貯めた食料を食い荒らすネズミが深刻な問題であったのにも関わらずです。

「日本の犬」が特殊であるのと全く同じような理由で「日本の猫」も世界から見れば物凄く特殊な動物です。西洋の猫がネズミを当たり前の様に捕るのに「日本の猫」は殆どネズミも捕らないのに今日まで日本人に長い間愛され続けてきました。この不思議な日本人と日本の猫との関係を次回は出来るだけ解りやすく詳しく記述したいと考えています。

宜しくお願い致します。