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動物ブログ

我々の身近な親友、犬、猫について(2)

人間との関り

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前書き

前回のブログでは犬、猫がどういう動物であるのかを書きましたが今回は彼らがどう人間と関わって人間の家畜やペットになったのかを私の推測も交えて記述したいと思います。この事は推論を入れないと書けません。牛や豚や馬とは全く違う犬の家畜性、ウサギや鳥などの小動物とは全く違う猫の愛玩動物としての歴史を彼らは持っている訳で動物学者の中でも彼らと人間との関わりの歴史の始まりについては全く解っていません。家イヌや家ネコが野生にいるはずも無くどこかの時点で彼らは人間と接触を持ち改良され現在の姿がある訳ですがその歴史は他の動物に比べて恐ろしく古くはっきりした事は解らないのが現実です。

それでは彼らが人間といつ関りを持ったのかをあいまいながらもどうして特定出来るかと言えば遺跡からです。人間は旧石器時代から狩猟によって生計を経てていました。狩猟は勿論他の動物を捕まえて食べる為であり当然骨などの食べられない部分もごみとして出てくる訳です。古代の人間はそうしたごみを決まった場所に捨ててきた訳ですが、ある時期から犬の骨、猫の骨はそういうゴミ捨て場から殆ど出てこなくなり人間の墓に近いところから出てくるようになります。これは人間が犬や猫を特別な動物とみなしていた証拠であり彼らと人間が共存してきた事を意味します。犬はいつから犬になり猫はいつから猫になったのかを調べる為には遺跡を調べるしか方法はありません。ですから今回は私の推測も交えて「犬」、「猫」を個別に見て人間との関りを記述してみたいと思います。宜しくお願い致します。

イヌと人との関わりの歴史

犬が家畜化された歴史は他のどの動物よりも格段に古く現在から1万5千年前から2万年前という旧石器時代まで遡ります。人間にとって最初の人間以外の動物との関りが犬であった事は間違いが無く、それゆえに犬の原種が何であったのかは現在でもはっきり解っていません。家ネコの原種がリビアヤマネコである事は確実ですが家イヌの原種は「インドオオカミから改良されたもの」「イヌという個別の動物がいたというもの」「イヌ科の様々な動物が交じり合って出来た動物であるもの」という多元説が取られており真実は誰にも解りません。「インドオオカミ説」が現在最も有力ですが家イヌにはオオカミには全く無い特徴がいくつもあって決定的な起源説にはなっていません。

一見「DNA鑑定」で簡単に解りそうにも思うのですが犬とコヨーテ、犬とジャッカル、犬とオオカミのDNAは殆ど同じでこの3種の動物と家イヌには生物的に混合品種が簡単にできます。この混合品種というのは馬とラバを掛け合わせて出来たロバ、ライオンとトラやヒョウとを人工的に掛け合わせた品種とは全く違います。品種の近い動物を人工的に交配させて新しい動物を作り上げてもその新しい品種には生殖能力がありません。馬の親子は当たり前に存在するのにロバの親子というのは絶対に出来ません。ロバは人工的に作った品種なので生殖能力が無く親にはなれない動物です。

ところが先ほど上げた「コヨーテ」「ジャッカル」「オオカミ」と犬の混合種にはきちんと生殖能力がありいくらでも交雑が可能です。これが家イヌの原種を特定出来ない最大の理由です。現実にアメリカのネイティブインディアンが飼っている犬とコヨーテ、アラスカのエスキモーが飼っている犬とオオカミ、アフリカや東南アジアの原住民が飼ってる犬とジャッカルはその姿が酷似しています。インドオオカミが犬の原種であるとの説ではこの事実は全く証明できません。

さて、ここまでは生物学的な事実ですがこれから述べる人と犬との最初の関りについては私の推論も交えて記述させていただきます。

旧石器時代の人間はまだ農業というものを知りません。狩猟によって得た獲物を食べ、洞穴を掘って暮らしていました。当然に食べ残しが出てそれをゴミ捨て場に捨てていたわけです。まだ家畜化されていない野生のイヌがその人間のゴミ捨て場から自分たちの餌となるものを食べていたとしても不思議ではありません。人間の顎では当然かみ砕く事の出来ない野生動物の骨も骨にこびりついた肉も肉食獣であるイヌの歯と顎の力では通常の食事になります。最初は人間にゴミ捨て場にいるところを見つけられたら殺されるか追い払われたかもしれませんが野生種のイヌが人間の捨てたごみを片付けてくれている事が解ると人間も彼らを放置したと思います。これが私の考える人と犬とのつながりの第一歩です。

人間から追い払われなくなった野生のイヌは徐々に人間の住居に近づいて生活するようになった筈です。人間のほうもわざわざ残り物をゴミ捨て場まで捨てに行くよりも近くにいるイヌに与えてしまえば良い便利な存在になり徐々に人間とイヌとの距離は近づいて行ったはずです。この時代は旧石器時代であり人間は基本的に洞穴などに入って眠っていました。そういう時代の人間にとって一番恐れる事は夜行性の大型肉食獣であるトラやクマなどに寝ている間に襲われる危険性です。ところがイヌも夜行性の肉食獣であり、こうした大型の肉食獣が人間の住居に近づいた時には鳴き声を出して人間を起こし危機を知らせた可能性が高いです。イヌの鳴き声に気づいて猛獣の襲撃から助かった人間はよりイヌを住居に近づけたでしょう。ご褒美に餌をもらった可能性も高くなります。私は最初の人間とイヌとの交流はこうした番犬的な役割から始まった可能性が高いと思っています。

そうしているうちに人間とイヌとは行動を共にする事になります。前にも述べた様にこの時代は旧石器時代であり人間の仕事は狩猟です。人間と行動を共にした犬は人間よりもはるかに優れた感覚と高い運動能力を持っています。獲物を見つける事も逃げていく獲物を追いかける能力も人間よりもはるかに勝っています。犬が獲物を見つけ獲物に追いつき獲物を足止めしている間に人間が獲物に追いつき獲物を仕留める。狩猟犬の誕生です。こうして長い期間を経て野生のイヌは家イヌとなり人間との関係を深めていったのでは無いかと私は考えています。

ネコと人との関わりの歴史

現在の家ネコの祖先はDNA鑑定からも中東の砂漠地帯に生息していたリビアヤマネコである事がはっきりしています。つい最近までネコと人間とが共同生活を始めたのは約5000年前の古代エジプトの時代と考えられてきました。ところが今世紀に入ってから地中海のキプロス島のシロウロカンボス遺跡で、約9,500年前の墓から猫の骨が発掘されました。この骨をDNA鑑定した結果間違いなくリビアヤマネコである事が解りました。つまり約1万年前から人間とネコは生活を共にしてきた訳です。犬と比べれば歴史は浅いですが猫もかなり古い時代から人間との付き合いがあった事は間違いの無い事実です。

さて、ここまでは学術的に証明された真実ですがここからは私の推論もかなり入ってきます。何故ネコと人間は共同生活を始めたのでしょう。

まずこの1万年前という時代は人間の生活様式が変わり始めた時代です。それまでの狩猟に頼る生活から人間は粗末ながらも住む家を立て始め倉庫に穀物などの食料を保存して定住生活を始めました。動物の狩猟が出来ない時期には穀物や果実を食べて暮らし始めた訳です。そうなると一番厄介になるのが人間の住居に住み着き倉庫の穀物を食べてしまうネズミや床下に住み着いて人間を襲う毒蛇になってきます。

一方でその当時の野生のリビアヤマネコからすれば獲物であるネズミや蛇などが大量に住んでいる箇所が人間の住居と倉庫になる訳で肉食獣であるネコが決して人間の食料である穀類を食い荒らす心配もありません。当時の人間は積極的に野生のネコを自宅に迎えたでしょうしネコの存在は大きく人間生活に貢献した訳です。完全に利害が一致した人間とネコは共同生活を始めてやがて長い時間をかけて改良されてリビアヤマネコは家ネコへと変わっていった訳です。これが私の考える人と猫との付き合いの歴史です。

他のどの家畜とも全く違う犬、猫の存在

ここで皆様に考えて頂きたいのはこの「犬」「猫」という動物が人間と付き合い始めた歴史は他のどんな動物とも完全に違う事です。

野生の馬がわざわざ人間を乗せて走る為に人間に近づいたはずも無く、豚や牛が自分の肉を食べて欲しいと思って人間に近づく筈もありません。鶏が人間に卵や自分の肉を食べて欲しいと考える事もあり得ない話で他の現在ペットになっている小動物も決して自分たちから人間に近づいた訳では無いという事です。人間はその文明の進歩とともに便利さを考えて、野生の馬を捕まえてきて飼いならして背中に乗れるようにしただけであり、狩猟するよりも便利だからという事で牛や豚や鶏を家畜化して飼うようになっただけであり、これらの家畜はすべて人間の一方的な事情によって人間に飼われるようになっただけです。

ところが何をどう考えても「犬」「猫」の2種類の動物だけは確実に向こうから人間との共同生活を望んで人間に近づき人間と完全に利害が一致して共同生活をしている、これは生物学的に言う「共生」であり一方だけが得をする「寄生」とは全く違うという点です。こんな動物は彼らの他に一つもいません。

私が最初のブログでこの「犬」「猫」という動物が人間にとって特別な存在であり決して今後もその存在が無くなる事は無いだろうと書いたのはこういう歴史的な背景からであり人間の生活様式が進歩すれば彼らもそれに合わせて役割を変えて進歩してくる事は確実だと思うからです。そういう意味で「犬」「猫」という存在は人間にとって他のどんな動物とも全く違います。これまで1万年以上という極めて長い間そうする事で彼らは人間と生活を共にしてきた人間にとって特別な存在です。

あとがき

人間の文明の進歩は人間だけで成し遂げたものでは決して無いと最初にブログで私が書いた事の意味が比喩的なものでも具体性が無い事でも全く無い事が皆様にお解り頂けましたでしょうか?  家イヌという存在が無ければ人間の歴史が旧石器時代で終わっていた可能性もあり、家ネコの存在が無ければ1万年前の人間の生活に恐ろしいダメージを与えていた可能性もあります。過去、現在、そして未来に向かってもこの2種類の動物は人間の進歩に絶対に不可欠な存在であり、彼らにとっても人間の存在が絶対に必要な訳です。

さて次回のブログですが最初のブログでも少し述べた様にこの人間にとって最も身近な存在になっている「犬」「猫」という2種類の動物は同じ食肉目の動物でありながら実は全く違う進化の過程を経て今日の姿がある全く違う動物でもあります。次回は彼らの能力、知力、等について何がどう違うのか、両者とも知能テストを何度も受けているにも関わらず何故どちらが優れているのかが解らないのか等、犬と猫との違いを徹底的に記述してみたいと思います。宜しくお願い致します。